ERAS総括 福島先生より

帝京平成大学教授 福島 亮治 先生
帝京平成大学教授
福島 亮治先生
Ryoji Fukushima
このたび日本ERAS学会が立ち上がりました。ERASの第一人者でありERAS Societyを立ち上げたLjungqvist先生も参加され、第一回学術集会が成功裏に開催されたと聞いています。この直前の神戸におけるJSPEN学術集会でも、Ljungqvist先生の講演やERASに関するシンポジウムが開催され、これには私も参加いたしました。Ljungqvist先生とはESPEN(European Society for Clinical Nutrition and MetabolismやISS(International Society of Surgery)におけるIASMEN( International Association for Surgical Metabolism and Nutrition)などの活動を通じて15年近く懇意にさせていただいておりますが、いつもERASに関する熱心でわかりやすいお話を拝聴しています。我々もJSPEN(日本臨床栄養代謝学会)やJSSMN(日本外科代謝栄養学会)などを通じて、ここ10数年にわたり、本邦でERASの概念の普及に尽力してまいりましたが、日本ERAS学会の設立に際して、あらためてERASの概念やその実践についてまとめてみたいと思います。

ERASとは?

ご存知の方は多いと思いますが、ERASは、Enhanced recovery after surgeryの頭文字をとった周術期管理プログラムで、欧州で商標登録されています。我が国では“術後回復力強化プログラム”などと翻訳されていますが、一言でいえば“術後の患者さんを早く元気にして、合併症を起こすことなく、短期間で退院できるようにするプログラム”です(図1)。その目的を達成するためにEvidence basedの、さまざまな周術期管理(elements)を集学的に実行します。ERASは北欧ではじまり欧州を中心に普及してきましたが、“fast-track surgery”、“enforced multimodal rehabilitation program”、“accelerated rehabilitation care”などともよばれ、欧州以外でも実践されています。本邦でも、わが国の実情に即して日本外科代謝栄養学会がESSENSE (ESsential Strategy for Early Normalization after Surgery with patient’s Excellent satisfaction)プロジェクトを立ち上げています[1]。これはみな、術後早く元気になってもらうプログラムです。

ERASの基本概念

手術した患者さんが退院できない主な理由はなんでしょうか。“動けない”ことと“食べられない”ことです。
支障なく動くことができて、食事が十分摂れれば退院できますね。ERASでは、“動けない”、“食べられない”をいかに早く解消するかを多方面から追求します。術後の痛みを除去することで早期離床をはかること、経口摂取を制限しない(禁飲食にしない)ことが基本となりますが、経口摂取を可能にするために術後腸管麻痺を最小限にすることなども含めて、手術侵襲そのものを軽減することも意図しています(図1)。そして、目的達成のために推奨されている具体的な方策、elementが、術前・術中・術後にわたり示されています(図2)。ある種のクリニカルパスのようなものと考えて差し支えありません。
これらは、エビデンスに基づいて提唱されましたが、これまで多くの外科医が迷うことなく行ってきた古典的周術期管理の常識、dogmaを大きく見直す内容も多々含まれており、この点においても大きな反響がありました。ERASが斬新であると注目される大きな要因のひとつとなっていたものと思われます。例えば麻酔導入時に誤嚥を防ぐために、従来は手術前夜からの絶飲食が常識であったのに対して、麻酔導入2時間前まで飲水可、6時間前まで食事可。また消化管手術の術後は、吻合部の安静のために1週間近く絶食にしていたのは不要。大腸手術前に強力な下剤で腸管内の便をきれいに排泄させておく腸管の機械的前処置は不要(むしろ有害)などがその代表といえます。
なお、ERASプログラムでは、術前に12.5%の糖水(注)の摂取が推奨されています。図3に示したように術前に水分を十分摂取すれば脱水を予防することができるとともに、患者の不快感軽減や、術後の嘔気・嘔吐(PONV : postoperative nausea and vomiting)を予防する効果があるとされています。また、糖を付加すると術後のインスリン抵抗性を軽減し糖代謝を改善することが報告されています[2]。一般に侵襲時にはさまざま炎症性メディエータやストレスホルモンの産生が亢進し、インスリンに対する感受性が低下し(インスリン抵抗性)耐糖能が低下します。外科手術後に耐糖能が悪くなり高血糖を生じることは古くから知られ、外科的糖尿病(surgical diabetes)と呼ばれてきました。術後の高血糖は生体防御能を低下させ、術後感染発生のリスクとなることが知られています[3]。
  • 図1
  • 図2
  • 図3
注)ヨーロッパではpreOpという製品が市販されていますが、我が国でもアクアファン®︎MD100(アイドウ株式会社)という製品があります。

ERASの原点

ERASはもともと大腸手術に対する術後管理方法として考案されました。1999年、KehletとMongensenらは、硬膜外麻酔を中心とした麻酔・疼痛管理、早期離床、早期経口摂取などの集学的リハビリテーションプログラムを導入することにより、開腹S状結腸切除において、従来5 ~10日間の術後退院日数を中央値で2日間にまで短縮することが可能であるという衝撃的な報告を行いました[4]。当時これらの報告を信じるものは少なかったようですが、その後彼らは、このような術後管理をすれば、腹腔鏡手術であろうが開腹手術であろうが、変わらずに短期間で退院できたという二重盲検RCTの結果も報告しました[5]。ERASの原点は、手術術式ではなく、術後管理こそが早期回復にとって最も重要であるとの考えに基づいています(なお、現在は腹腔鏡手術のように手術創を小さくすることもERASの推奨に含まれています)。
2001年にESPENでERAS study groupが組織されると、徐々にERASの考えが広まりました。そして、2005年にFearonとLjungqvistがERASの詳細を報告し、これが現在行われているERASプログラムの基本となっています[6]。しばしば引用されるERASプログラムのelementsの図はこの時のものですが(図2)、現在はアップデートされています[7]。

ERASの効果と問題点

 前述のように大腸手術におけるERASの歴史は長く、いまや忍容性や有効性はほぼ確立されているといってよいと思われます。ERAS導入によって、従来の管理法に比べて合併症の減少や、在院日数の短縮が種々報告されています[8, 9]。しかし実臨床においては、ERASを実践しているといっても、必ずしもすべてのelementsを導入しているわけではありません。ERASのelementsを多く採用するほど合併症の低下や在院日数の短縮に寄与するとの報告もあり、20数項目のelementsの70-80%以上を実行することが推奨され、このような観点からERAS Societyでは独自のAudit systemを構築しています[10]。
 また、ERASのelementの中には、地域や施設あるいは術式によって考え方が異なるものがあることも否定できません。欧州では術前の機械的大腸前処置の施行に否定的な見解が多いのですが、本邦では大腸手術において多くの施設で施行しているのが現状と思われます。米国でも施行する施設が多く、最近は機械的前処置に経口抗菌薬を負荷したfull bowel preparationが見直されスタンダードとなっているようです[11]。わが国では、1980年代後半に重症MRSA腸炎が蔓延し、多くの施設で経口抗菌薬による大腸前処置が中止されましたが、昨今見直しも進んでおり、どのような前処置を行うかについては、施設により異なっています。
 大腸手術で導入されたERASですが、現在ではさまざまな術式に応用されており、胃手術をはじめ、膵頭十二指腸切除や食道手術などという高度侵襲手術にも適応されるようになってきています。例えば胃手術(胃癌手術)においては、ERASプログラムが安全に施行できることや、その有効性の報告が我が国からもなされています[12, 13]。ただし、胃の手術では大腸と異なり、進行癌で術前に幽門狭窄等で経口摂取を制限すべき病態が少なからず存在することや、術後早期経口摂取による残胃の拡張や食物の停滞なども危惧されるところです。これまでの報告では、術後早期経口摂取によってこれらの合併症が有意に増加したとの報告はありませんが[14]、ことさら経口摂取の時期を早める必要があるのかという見解もあります。ERASでは手術翌日から経口摂取の開始が推奨されますが、我が国のreal worldのデータでは3-4日としている施設が多いのが現状です[15]。一方、胃癌術後の場合は、経口摂取が可能であるといっても、その量は不十分なことが多く[16]、この点が十分に検証されているとは言えません。術後の体重減少が大きいとその後の補助化学療法の継続率が悪いことが報告されており、栄養摂取が不十分のまま早期に退院することについて、このような観点からの今後の検討も必要と思われます[14]。

今後の展望

 ERASプログラムの開発から既に20年以上が経過しています。わが国でも10数年前から導入がはじまりました。今や医師国家試験にこの基本概念とも言うべき項目が出題されるに至っており、ERASの基本は着実に定着してきています。しかし、具体的な20数項目のelementの適応においては、施設や術式により温度差があるのも事実でしょう。また、我が国では一般に欧米に比べて長めの入院が許容されていることや、もともと欧米に比べて術後合併症が少ないという現状もあります。また、1例たりとも合併症で失ってはいけないというのが我が国の外科医の姿勢ですが、欧米では低率であれば一定の合併症発生は許容されるというような認識が、我が国より強いように見受けられます。いうまでもありませんが、入院期間を短縮することがERASプログラムの目的ではありません。
 ERASのさまざまなelementは、エビデンスに基づいて提唱され、慣習を打ち破る多くの示唆を我々に与えてくれました。日本ERAS学会の設立を契機に、ERASの基本概念をもう一度再確認するとともに、我が国の実情と個々の症例に即したさらなる術後回復強化を期待したいと思います。
  1. 1.Kaibori M, Miyata G, Yoshii K, et al: Perioperative management for gastrointestinal surgery after instituting interventions initiated by the Japanese Society of Surgical Metabolism and Nutrition. Asian J Surg 2019.
  2. 2.Ricci C, Ingaldi C, Alberici L, et al: Preoperative carbohydrate loading before elective abdominal surgery: A systematic review and network meta-analysis of phase II/III randomized controlled trials. Clin Nutr 2022, 41:313-320.
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  4. 4.Kehlet H, Mogensen T: Hospital stay of 2 days after open sigmoidectomy with a multimodal rehabilitation programme. The British journal of surgery 1999, 86:227-230.
  5. 5.Basse L, Jakobsen DH, Bardram L, et al: Functional recovery after open versus laparoscopic colonic resection: a randomized, blinded study. Ann Surg 2005, 241:416-423.
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  10. 10.Elias KM, Stone AB, McGinigle K, et al: The Reporting on ERAS Compliance, Outcomes, and Elements Research (RECOvER) Checklist: A Joint Statement by the ERAS((R)) and ERAS((R)) USA Societies. World J Surg 2019, 43:1-8.
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